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それをお金で買いますか

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世の中にはお金で買えないモノがあります。しかし、経済的合理主義という名のもと、その数は年々減っています。いまや、お金で買えないモノの方が少ないのです。

『それをお金で買いますか - 市場主義の限界』

では、あらゆるモノがお金で取引されることに問題はあるのでしょうか。本書を参考に考えてみたいと思います。

お金で取引されているモノ

世界的には、以下のようなモノがお金で取引されています。

  • インドの代理母出産サービス:6250ドル
  • 絶滅の危機に瀕したクロサイを撃つ権利:15万ドル
  • 主治医の携帯電話の番号:年に1500ドル~
  • 1トンの炭素を大気中に排出する権利:13ユーロ(約18ドル)
  • 額(あるいは体のどこかほかの部分)のスペースを広告用に貸し出す:777ドル
これらがお金で取引されていることに驚かれた方も多いのではないでしょうか。しかし、これだけではありません。

その他にも、戦争のアウトソーシング、公園や公共の場の「命名権」、生殖補助のための「デザイナー」卵子や精子、遊園地での行列に割り込む権利など、あらゆるものがお金で取引されているのです。

日本でも、「大阪ドーム」が「京セラドーム大阪」に変わったように「命名権」が売買され、USJの「エクスプレス・パス」のように行列に割り込む権利が売買されるなど、徐々にお金で取引される範囲は広がっています。つまり、市場主義が浸透しはじめているのです。

お金で取引されることの問題点

すべてが売り物になる社会では、貧しい人たちのほうが生きていくのが大変だ。お金で買えるものが増えれば増えるほど、裕福であること(あるいは裕福でないこと)が重要になる。

多くのお金を持っていれば、優雅な休暇を過ごせるだけでなく、すぐれた医療や教育、安全な地域に住む機会など、生活のあらゆる場面でメリットが得られます。そのため、多くの人たちがお金持ちに憧れを抱くのです。

たとえば北京では、深刻な医者不足に悩まされており、医者に見てもらうためには長い時間待つ必要があります。ところが、お金を持っている人たちは、予約券を貧しい人から買い上げることで、待つことなく一流の医者に診てもらうことができるのです。

日本においても、多くのお金を払えば良い教育が受けられます。特に"ゆとり教育"の影響で公立学校のレベルが低下してこともあり、私立学校への進学、塾や家庭教師など、お金がある家庭ほど良い教育を受けることができるのです。

しかし、医療も教育もボランティアでやっているわけではないため、お金がある程度の幅を利かせるのも仕方がないのかもしれません。

すべてを売り物にするのがためらわれる第二の理由は、もう少し説明が難しい。不平等や公平性の問題ではなく、市場には腐敗を招く傾向があるということなのだ。生きていく上で大切なものに値段をつけると、それが腐敗してしまうおそれがある。

たとえば、ニューヨークシティーのパブリックシアターは、あらゆる階層の人々に大劇場を身近なものに感じてもらうため、年に1度、無料でシェークスピアの劇を演じています。そして、このチケットは早い者勝ちで、行列に並んだ順に入手できます。

ところが、お金を持っている人達は、自分の代わりに行列に並ぶ人を雇ってこのチケットを入手するのです。経済的合理性の観点から考えると、お金をもらって並ぶ人、お金を払って並ぶ時間を節約する人、ともにメリットがあるため、何の問題もありません。しかし、果たして本当に問題ないのでしょうか。

私には、パブリックシアターが立てた高尚な目標、「あらゆる階層の人々に大劇場を身近なものに感じて欲しい」という目標を踏みにじっているようにしか受け取れません。問題だらけです。

日本でも有名アーティストのライブチケットが、高額な値段でオークション取引されています。これも先ほどのパブリックシアターの話となんら変わりがありません。

ライブチケットが高額で取引されるのは、それだけの価値があるからです。それにも関わらず、ある意味、低価格でチケットを販売しているのは、あらゆる階層のファンとライブを分かち合いたいからです。それを高額なお金で取引することは、アーティストの気持ちを踏みにじっているのです。

つまり、提供者が意図しない金額で取引されることは、本来もっている価値を逆に引き下げていることになるのです。ノーベル平和賞がお金で取引されるようになれば、誰もノーベル平和賞に興味を持たないでしょう。それと同じです。

ではどうすればいいのか

非市場的な状況にお金を導入すると、人々の態度が変わり、道徳的・市民的責任が締め出されかねないということだ。

まずは自分で考えて判断することです。

たとえば、腎臓を悪くした親がいるとします。お金を払いさえすれば、貧しい人から腎臓を入手することができ、助けることができる。この状況において、お金を払って腎臓を買うことが正しいことなのか。

貧しい暮らしをしている人たちに代理母出産を外注するこが正しいことなのか。結婚式のスピーチ内容をプロのライターから購入することが正しいことなのか。遊園地の並ぶ時間をお金を出して買うことが正しいことなのか。

判断に迷ったときは、このように考えるべきです。誰かの犠牲の上に自分の幸せを築くのは不可能だと。

最後に

特に最近、不況の影響もあるのか、お金を持っている人が幅をきかせすぎているように感じています。一方で、誰もが一攫千金を狙い、ある意味、騙し合いの世の中になっているのではないでしょうか。私もその内の一人ですが、少なくとも誰かの犠牲の上に幸せを築くことはしないように心がけたいと思います。

◆参考にした本の紹介

『それをお金で買いますか - 市場主義の限界』
著者マイケル・サンデル、Michael J. Sandel
価格2,200円
ハードカバー336ページ
出版社早川書房
発売日2012/05/16

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